知る・学ぶ

2026年2月号

ショコラティエ・小林美貴みきさんスペシャルインタビュー「きだから上手じょうずになる、上手じょうずになるからきになる」

もくじ

小学生の将来しょうらいなりたい職業しょくぎょうで人気の「パティシエ」。パティシエとは、チョコレートやクッキー、タルトやケーキなど、さまざまな洋菓子ようがし専門せんもんにつくる職人しょくにんのことです。今回は、チョコレート菓子かし専門せんもんにあつかう菓子かし職人しょくにん「ショコラティエ」として活躍かつやくする小林美貴みきさんに、現在げんざいのお仕事や、この職業しょくぎょうにつくまでのお話をうかがいました。

パティシエの道をひらいたフランス菓子かしの本

「あこがれの職業しょくぎょうとして、多くの小学生のみなさんにえらばれたことはとてもうれしいです。この仕事を20年以上いじょうつづけているので、はげみになりますね」とよろこぶ小林さん。小林さんは、東京・丸の内にある「パレスホテル東京」でショコラティエとしてはたらいています。

わずかやく2ミリメートルのうすさのチョコレートに、はなやかで色とりどりの伝統的でんとうてき和柄わがら模様もよう表現ひょうげんした「千代ちょこ」も、小林さんが手がけるチョコレートの一つです。なめらかな食感と日本的にほんてきな美しい見た目のチョコレートは、多くの人にあいされています。

きれいながらの「千代ちょこ」

料理りょうりきの母のもとで育ったせいか、母といっしょに台所に立つのがきでした。夕食の手伝てつだいをはじめ、なんでもいっしょにつくっていました」と、こどものころをふり返る小林さん。とくに、当時おかあさんが持っていたフランス菓子かしの本と緑色のガスオーブンが大好だいすきだったそう。「本を開き、まるで雪のような粉砂糖こなざとうがかかった、キラキラとデコレーションされたお菓子かしなどをながめながら、『これならつくれるかな、あれをつくりたいな』と想像そうぞうする時間が楽しかった」と話します。

パレスホテル東京のショコラティエ・小林美貴みきさん

菓子かし職人しょくにんへの思いは強く、高校卒業そつぎょう後はまようことなく、都内にある洋菓子ようがし専門せんもん学校に進みました。「こどものころから、料理りょうりを食べて、何が入っているかを当てるクイズを親といっしょにやっていました。中に入っている具材ぐざい味付あじつけなど、『使われている食材しょくざい』を当てるのが楽しみでした。調理することもきだったので、何を入れればこうなる、というイメージができていたのも大きいです」と小林さんは語ります。

専門せんもん学校在学ざいがく中からフランス留学りゅうがく夢見ゆめみていましたが、当時は実現じつげんせず、卒業そつぎょう後は日本国内の洋菓子店ようがしてん就職しゅうしょく。そこでは、チョコレートを専門せんもんに手がける職人しょくにん上司じょうしとしてはたらいていて、せん細なチョコレートを美しく仕上げていく姿すがたがカッコよかったといいます。そんな小林さんに思わぬ事態じたいが起きます。

突然とつぜんやす仕事」ができなくなり・・・できないなら、できることをさがそう!

社会人1年目のクリスマスのころ。小林さんは何の前ぶれもなく手足の関節かんせついたくなり、手に取った物を落としたり、顔がパンパンにはれたりすることがえました。あわてて病院に行ったところ、「つめたいものをずっとさわっていてはダメです」と言われてしまったそうです。パティシエを目指していた小林さんにとって、アイスクリームやゼリーなど、「やす仕事」ができなくなることはとても影響えいきょうが大きく、当時はすごく落ちこんだそうです。

しかし、ショックだった一方で、「チョコレートがある!」とひらめいたといいます。「チョコレートを加工かこうする作業は、ほか洋菓子ようがしよりは高い温度でできるんです。それに当時は女性じょせいのショコラティエが少なく、それも新たにショコラティエを目指そうと思った理由の一つでもあったかもしれません。体調をくずしたことは『かべにぶち当たった』ことになるのかもしれないけれど、べつの道をさがそうと切りかえることができました。できないなら、できることをさがそうって」

小林さんが手がけるチョコレート

ショコラティエとしてはたらくことを決意した小林さんは、いよいよフランスへと旅立ち、やく3年間修業しゅうぎょうつづけました。フランス語を上手じょうずに話せたわけではなかったそうですが、ショコラティエの仕事をしている間は、言葉のかべもそんなに苦にならなかったとのこと。「先輩せんぱいショコラティエから技術ぎじゅつを教わる時は、言葉で細かく指示しじされるというより、先輩せんぱいがつくるチョコレートをまねて同じように再現さいげんすることが重要じゅうようだったので、技術ぎじゅつがあれば言葉はいらないという感じでした」。でも、あいさつだけは絶対ぜったいかさなかったといいます。「相手の文化を知って尊重そんちょうする。食べて、見て、聞いて、知ろうとする。興味きょうみを持って調べてみる。これをひたすらつづけていました。海外に出ていく時、これはとっても大切なことだと思います」と語る小林さん。つらいときもありましたが、そのときは日本にいる家族の応援おうえんささえになったそうです。

その後、フランスのコンクールのショコラ部門で準優勝じゅんゆうしょうたします。「フランスで成果せいかを出せたこと、『これをやった』と言えるものがしかったのでホッとしました」と語る小林さん。日本へ帰国後、留学りゅうがく時代の仲間なかまを通じて、東京での仕事に協力きょうりょくしてほしいと声がかかります。

留学りゅうがく先のフランスで

バレンタインデーは1年の通知表

東京の製菓会社せいかがいしゃのショコラ部門の立ち上げに参加さんかしたことで、現在げんざい職場しょくばから声がかかったという小林さん。「ふだんは地下にある作業場でひたすらチョコレートと向き合っています。もともと、長時間一つの作業に集中することが大得意とくいだったので、何時間もチョコレートに向き合うことはまったく苦ではありません。時々、地下1階にあるショップに行った時に、お客様が自分のつくったチョコレートを買ってくださる様子を見かけたり、テレビや雑誌ざっし、Webで取り上げてもらったりすることは、とってもありがたいとも思いますし、やりがいを感じます」

また、ショコラティエの小林さんにとって、毎年2月のバレンタインデー、3月のホワイトデーが1年ごとの目標もくひょうとなっているそう。「毎年、オリジナルのチョコレートを生み出し、お客様に必要ひつようとしてもらって、買ってもらい、食べてよろこんでいただく。1年の通知表みたいなものです」と話します。いアイデアを生み出すためには人知れず苦労くろうもありますが、そんな時は実家に帰ったり、ヨガをしたりして、リフレッシュしているそうです。「先日も、緑のオーブンを使って親せきのこどもたちとピザをつくりました」

仕事について楽しそうに語る小林さん

「できないことではなく、できたことをほめて」

きなことを仕事にすることについて、「きでいつづけることが大切。きだから上手じょうずになるし、上手じょうずになるからきになるんです。それがずっとくり返されてステップアップしていく感覚かんかくですね。たとえ今はできないことでも、ずっとやりつづければ、ふと上手じょうずになる瞬間しゅんかんが来るんです」と話し、「できないことのできない部分を見るのではなく、できているところに目を向けて、自分をほめてみてくださいね」とアドバイスしてくれました。きなことをきでいつづけられる小林さんに、チョコレートへのなみなみならぬ愛情あいじょうを感じました。

💡プロフィール 小林美貴みきさん
パレスホテル東京・シェフショコラティエ。栃木県とちぎけん出身、1983年生まれ。都内の洋菓子ようがし専門せんもん学校卒業そつぎょう後、外資がいしけいパティスリーに就職しゅうしょく。フランス・リヨンで、チョコレート菓子かし専門せんもんあつか菓子かし職人しょくにん・ショコラティエとして3年間修業しゅうぎょうを重ねた。現地げんちの国内コンテストで準優勝じゅんゆうしょうにかがやいた後に帰国し、国内の製菓せいか会社のショコラ部門を担当たんとう後、ショコラティエとして2012年に株式かぶしき会社パレスホテルに入社し、パレスホテル東京のグランドオープンにたずさわった。せん細さと感性かんせいをいかした芸術げいじゅつのようなショコラが持ち味。

取材しゅざい協力きょうりょく・パレスホテル東京 https://www.palacehoteltokyo.com/restaurants-bars/sweets_deli/

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